道のありがたみを知っているものは、道のないところを歩いたものだけだ。

大島亮吉(おおしまりょうきち 1899年‐1928年)日本の近代登山の先駆者の一人。東京都出身。慶応義塾大学経済学部在学中に槙有恒,三田幸夫らとともに慶大山岳部の中心として活躍。1922年には槙らと槍ヶ岳冬季初登,24年奥穂高岳,北穂高岳冬季初登などの記録を残した。また諸外国の登山関係文献を研究紹介し,慶大山岳部部報《登高行》などに多くの論文を発表。他方〈荒船と神津牧場付近〉など文学的な文章も書き,広い視野をもった登山家として多大な影響を登山界に与えた。

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