人間をつくるのが理性であるとすれば、人間を導くのは感情である。

ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712年6月28日 – 1778年7月2日)は、スイス生まれの哲学者・政治思想家・教育思想家・作家・作曲家。単なる純理論にとどまらない、多感さを反映した著作は広く読まれ、フランス革命やそれ以降の社会思想にも多大な精神的影響を及ぼした。

器いっぱいに盛ってこぼすまいと心配しながら持っているくらいなら、程よいところで盛るのをやめた方が良い。刃物もあまり鋭利にすれば刃こぼれしたりして長く使うことはできない。

老子(ろうし)は、古代中国の哲学者であり、道教創案の中心人物。「老子」の呼び名は「偉大な人物」を意味する尊称と考えられている。書物『老子』(またの名を『老子道徳経』)を書いたとされるがその履歴については不明な部分が多く、実在が疑問視されたり、生きた時代について激しい議論が行われたりする。道教のほとんどの宗派にて老子は神格(en)として崇拝され、三清の一人である太上老君の神名を持つ。

少しの欠点も見せない人間は馬鹿か偽善者である。警戒せよ。欠点のなかには美点と結びついて美点を目立たせ、矯正しない方がよいというような欠点もあるものである。

ジョセフ·ジュベール (Joseph Joubert 1754年5月7日 – 1824年5月4日)は、フランスのエッセイスト。

聴くことを多くして、語ることを少なくし、行うことに力を注ぐべし。

成瀬 仁蔵(なるせ じんぞう、安政5年6月23日(1858年8月2日) – 大正8年(1919年)3月4日)は、明治から大正のキリスト教牧師(プロテスタント)であり、日本における女子高等教育の開拓者の1人であり、日本女子大学(日本女子大学校)の創設者として知られる。

幸福になりたければ、やれ恩を返せだの、恩知らずだのと言わないで、人につくす喜びだけを生きがいにしようではないか。

デール・ブレッケンリッジ・カーネギー(Dale Breckenridge Carnegie,1888年11月24日-1955年11 月1日)はアメリカ合衆国の実業家、作家、ビジネスセミナー講師。『人を動かす』『道は開ける』などの自己啓発書は2000万部以上の売上を記録した。

大体、すべての新しい才能は、役に立たない才能からしかスタート出来ないんだぞ。何の役にも立たない才能を、ただ普通に存在する有用な才能に変えていく事こそ変革って言ったりしてね。それが出来る人間のことこそ“才能がある”って言うんだよ。

橋本 治(はしもと おさむ、男性、1948年(昭和23年)3月25日 – )は、日本の小説家、評論家、随筆家。

仁者は常に人の是を見る。不仁者は常に人の非を見る。

伊藤 仁斎(いとう じんさい、寛永4年7月20日(1627年8月30日) – 宝永2年3月12日(1705年4月5日))は、江戸時代の前期に活躍した儒学者・思想家。京都の生まれ。日常生活のなかからあるべき倫理と人間像を探求して提示した。

様々な試合に勝ち、世界チャンピオンにもなった。でも、それは支えてくれる人が大勢いたから。それを当たり前と思わないで、恩を忘れずに謙虚でいた。素直に人の話を聞いた。そして、悪いことが起きても“これぐらいで済んでよかった”と思ってきた。だから、道が開けたんだと思う。

山下泰裕(やました やすひろ、1957年6月1日 – )は、日本の柔道家。

国民栄誉賞を受賞しており、現役時代のその圧倒的な強さから「史上最強の柔道家」とする声も多い。

自分で自分を粗末にするものは、あんた、どこにもおらん。自分ぐらい大事なものはない。しかし、自分ぐらい大事なものはないけれども、人はどうでもいいんではなくて、環境も皆、自分だから、そこは自利利他だ。

宮崎 奕保(みやざき えきほ、明治34年(1901年)11月25日 – 平成20年(2008年)1月5日)は、日本の僧。曹洞宗大本山永平寺第78世貫首。曹洞宗管長。道号法諱「栴崖奕保」、黙照天心禅師。 

ある男性漫才師は、「ネタはもちろんたいせつ。しかし、漫才の九割は人間性がきめる」とまでいっている。

櫻木 健古(さくらぎ たけふる 1924年- ) 中国上海生まれ。愛知一中、第八高等学校を経て、京都大学文学部中退。教員生活の後中日新聞社入社。外信部記者・ドイツ特派員として活躍、その後著述生活に入る。幼児期から青年期まで、心身とも虚弱であったが、それをみずから克服し、その体験をもとに自己強化に関する著作が多い。著書に、『太っ腹をつくる本』『心を強くする本』『度胸をつける本』の3部作がある。