大将がもつべき大きな器とは『高貴な愚鈍さ』、大将に不向きな小さな器とは『野卑な賢さ』。

司馬遼太郎(しば りょうたろう、1923年(大正12年)8月7日 – 1996年(平成8年)2月12日)は、日本の小説家。本名、福田 定一(ふくだ ていいち)。大阪府大阪市生まれ。筆名は司馬遷に遼に及ばずからきている。

産経新聞社在職中、『梟の城』で直木賞を受賞。歴史小説に新風を送る。代表作に『国盗り物語』『竜馬がゆく』『坂の上の雲』などがあり、戦国・幕末・明治を扱った作品が多い。また、『街道をゆく』をはじめとするエッセイなどで活発な文明批評を行った。

平和になりすぎたら文明も文化も栄やしない。世界は一つにとか何とか甘いこと考えるな。そんなふざけたバカなこと考えちゃいけない。常に破壊と建設、建設と破壊というものは縄をなうようにしていって、そこに人間の生活が生まれ繁栄していき、人生を形作っていくんだ。

今 東光(こん とうこう、1898年3月26日 – 1977年9月19日)は、天台宗僧侶(法名 今 春聴)、小説家、参議院議員。新感覚派作家として出発し、出家後は住職として住んだ河内や津軽・平泉など 奥州を題材にした作品で知られる。

人間は一人では生きられない。ルパング島での一番の悲しみは、戦友を失ったことだった。魚は水の中でしか、人は人の中でしか生きられない。

小野田寛郎(おのだ ひろお、1922年(大正11年)3月19日 – )は、日本の陸軍軍人。階級は陸軍少尉で情報将校だった。陸軍中野学校二俣分校卒。太平洋戦争終結から29年目にしてフィリピンルバング島から帰国を果たす。

欧米諸国は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示する目的であったにちがいない。日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、退廃に流れていくのを、私は平然と見過ごす訳にはゆかない。誤られた彼らの宣伝を払拭せよ。誤られた歴史は書き換えられなければならない。

ラダ・ビノード・パール (英語:Radhabinod Pal, ベンガル語:রাধাবিনোদ পাল, ヒンディー語:राधाबिनोद पाल, 1886年1月27日 – 1967年1月10日) は、インドの法学者、裁判官。

戦争とは、あなたの愛する人が死ぬ、ということです。

美輪明宏(みわ あきひろ、1935年5月15日 – )は、日本のシンガーソングライター、俳優、演出家、タレント。長崎県長崎市出身。本名:丸山 明宏、幼名 臣吾(しんご)。海星中学を経て国立音楽大学附属高校中退。愛称はマルさん、美輪さん。

力に訴えようとしたとき、決してやってはならないことがある。 負けることである。

ドワイト・デーヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890年10月14日 – 1969年3月28日)は、アメリカ合衆国の第34代大統領および第二次世界大戦中のヨーロッパの連合軍最高司令官。愛称は「アイク」 (Ike) 。

(9月11日テロ事件の)真の犯人は、崩壊した建物の中にいる。

サッダーム・フセイン(アラビア語:صدام حسين 、英語:Saddam Hussein 、1937年4月28日 – 2006年12月30日)は、イラク共和国の政治家。スンナ派のアラブ人であり、イラク共和国の大統領、首相、革命指導評議会議長、バアス党地域指導部書記長、イラク軍最高司令官を務めた。軍階級は元帥。

政治とは、流血を伴わぬ戦争である。一方、戦争とは、流血を伴う政治である。

毛沢東(もう たくとう、マオ・ツォートン、1893年12月26日 – 1976年9月9日)は、中華人民共和国の政治家、軍人、思想家。字は詠芝、潤芝、潤之、筆名は子任。中国共産党の創立党員の1人。中国革命の指導者で、中華人民共和国の建国の父とされている。1949年の建国以来、1976年に死去するまで、同国の最高権力者の地位にあった。

音に打ちのめされて傷付くものはいない。

ボブ・マーリー(Bob Marley、1945年2月6日 – 1981年5月11日、本名ロバート・ネスタ・マーリー Robert Nesta Marley)は、ジャマイカのレゲエミュージシャン。その音楽はラスタファリズムの思想を背景としており、彼の音楽・思想は(音楽制作者のみならず)数多くの人々に多大な影響を与えている。